[映画、ドラマなど]

「風のハルカ」と「ガリレオ」の限りなく淡くて濃い関係 / 2007-12-23 (日)

 先日CXのドラマ「ガリレオ」が放映終了した。このドラマにはいくつかの点で興味が惹かれるところがあった。撮影、色の使いかた、小道具の使いかた、ロケシーンの設定、科学の持つ負の側面を批判したシナリオ等々なかなか佳くできたドラマだったと思う。ただ惜しむらくは、脚本・演出スタッフの入れ替わりが激しかったせいか各話(章)ごとにムラが出てしまった。その点を除けば高視聴率にふさわしい作品だったと言えよう。

 ということでいろいろ書きたいことはあるのだが、ここでは誰も書かないだろうこの作品のひとつの妙について触れてみたい。

 まず配役である。主役のガリレオこと湯川の助手に渡辺いっけいが、ヒロインの刑事内海薫のリード役に真矢みきがそれぞれ配されている。渡辺のほうは昇進の見込みもなくなったうだつの上がらないキャラクタ設定であり、真矢のほうは頭脳明晰・沈着冷静な監察医という設定である。実はこの二人、2005 年BKの連続テレビ小説「風のハルカ」で、いつもすれ違うばかりの離婚夫婦を演じたカップルなのだ。「風のハルカ」で渡辺いっけいは夢を追いかけてフリータ生活を続ける情けない父親役であり、真矢みきは公認会計士としてバリバリとキャリアを積む母親役を演じたのであった。つまり「ガリレオ」は「風のハルカ」のキャラクタ設定とそれぞれの立ち位置をそのまま踏襲しているのである。

 もちろん渡辺いっけいも真矢みきもそういう役どころが得意な俳優であることは確かなので、単なる偶然かもしれないし、あるいは「風のハルカ」を視たCXサイドのスタッフが「ガリレオ」のキャスティングにそれを活かしただけかもしれない。だが、どうしてもそれだけではない何かの意図ないし必然があるように思えて私は「ガリレオ」を見続けた。

 第八章までは虚しくもそれは発見できなかったが、第九・最終章でついにそれは表れた。第九章の冒頭は、ある中年男性が宵闇の湖上にボートを浮かべているとそこに突然火柱が上がるというシーンで始まる。そしてその湖の名は「龍仁湖」。つまり湖から龍が登ったのである。これこそ「風のハルカ」第一週目の「青龍湖」から龍が登るエピソードをそっくり引用した脚本なのだ。さらにそのボートの主を演じたのは、升毅。「風のハルカ」でヒロインの伯父(=真矢みきの兄)を演じた俳優である。やはり「ガリレオ」は「風のハルカ」を強く意識したうえで制作されていたのだった。

 この第九章を視た私は最終章で渡辺いっけいと真矢みきがどうなるのかが気になった。ひょっとしたらこの二人が顔を合わせるシーンがあるのではないかとさえ思った。もしそんなことがあればそれは「風のハルカ」を知る者にとってはたいへんなボーナスだ。

 しかし実際はそういうシーンはなかった。じゃあなにもなかったのかというとそうではない。すばらしいラストシーンが用意されていたのである。

 シリーズを通して真矢みきはほとんどのシーンで菓子やパンを食べていた。その真矢みきが最後はひとりで酒を飲むのである。そして渡辺いっけいはというと最後はやはりひとりでクリスマスケーキを脇に抱えて歩いたのだ。つまり菓子が真矢から渡辺へと渡されたわけである。これはこの二人が切っても切れない縁にあることを示唆している。「風のハルカ」の主題は、家族の縁は切っても切れない絆でありたい、というものだった。渡辺いっけいと真矢みきの夫婦はすれ違いの末に離婚してしまい、娘たちの願いや努力も虚しくついに復縁には至らない。「ガリレオ」でクリスマスの晩をそれぞれひとりで過ごした二人のその光景は、「風のハルカ」で復縁には至らない二人を象徴したものだった。しかしその二人は復縁こそしないものの、一年に一回は集まって家族として食事をすることを誓って「風のハルカ」は終わる。その誓いが「ガリレオ」ではケーキのバトンタッチで表現されているのである。全章を通して真矢に菓子を食べさせ続けたのはこのラストシーンへの伏線だったのだ。見事というほかない。そう考えると最終章でこの二人が直接顔を合わせるような余計なボーナスなどがあったらすべてはぶち壊しなのである。

 ではなぜ「ガリレオ」は「風のハルカ」を引き継いだのか。それは分からない。ここから先は邪推である。読まれる方はこれが邪推であることを念頭に置かれたい。

 「風のハルカ」は言うまでもなく大森美香が書き下ろした作品だ。彼女の最高傑作といっていい。その大森美香は他ならぬCXに育てられた人である。私は「ガリレオ」のクレジットロールを毎回つぶさに見たのだが大森美香の名はついぞ見つからなかった。しかしこれほど濃密に「ガリレオ」が「風のハルカ」と連続している以上、「ガリレオ」に大森美香が関与していないはずがないのである。何か名前が出せない仔細があったのではなかろうか。

 1月から始まる民放ドラマの一覧を眺めていて気がついた。TBS で大森美香脚本の連ドラが予定されているのである。それを見て先の疑問が胸の中で氷解するような気がした。第八章までは虚しかった、と先述したがそれはハルカ繋がりに限定した話で、実は第八章には「きみはペット」(2003/TBS/大森美香脚本)のエピソードが強引に入れてある。これを併せて考えるとCXはよほど TBSに気を遣っているとみえる。

 疑は解けたが同時に不安も募るのである。別稿でも書いたが向田邦子賞を獲得した「不機嫌なジーン」の頃には彼女の仕事は既に「風のハルカ」と同時進行していたはずで、今また名前も表に出せないようなハードスケジュールになっているというのは尋常ではない。彼女のような天才の24時間は私のような凡人の2400時間くらいに相当するのかもしれないが、それでもオーバーワークには違いない。それはどこかで破綻する危険をはらんでいるのはないだろうか。それが杞憂に終わることを祈りつつ2008年の TBS「エジソンの母」に期待する。

(2007.12.23)